日韓英語教育交流シンポジウム報告

はじめに
 みすゞの詩の世界のような温かさと率直さに包まれた山口大会が大成功に終わった8月3日の午後。1時半から同じ会場のホテル松政で開かれた「シンポジウ ム」には、韓国KETGからの5人の他、30名以上の参加者があり、急きょ会場を広げて始まりました。

KETG(Korean English Teachers' Group) 紹介と韓国の英語教育の現状
 まずKETG釜山支部のリーダーである李(イー・キ・スー)さんから、KETGの紹介。美しい韓国伝統和紙に印字したハンドアウトが配られました。
 KETGの設立目的
  1 Restore English Teachers' Autonomy as non-government and professional organization
   非政府かつ専門職の組織として、英語教師の自治の復活をはかる
  2 Promoting their excellence in language learning and teaching
   英語教師の学識と教授力を高める
  3 Establishing proper English education policy in Korea
   韓国における適切な英語教育政策の確立
 KETG小史
  1988年 ソウルで数十人の英語教員によって設立
  1989年 韓国教員組合が設立されたが、反動的な政権下でKETGの主要メンバーを含1500人以上が職を追われる
  1999年 韓国教員組合(KTU)の合法化 KETGの活動、影響力も大きく広がる
         
KETGの活動紹介
 教員組合の合法化がつい3年前というのに驚きます。これ以降KETGの存在感、影響力は強まり、今では日本の文科省にあたる教育部発行の中・高生用英語 教科書をつくったり、官製研修の講師として招かれたりもしているとのこと。
 会員数2500人、インターネット上の情報を読むオンライン会員は8500人もいるそうです。
 ユニークなのは研究活動のスタイルで、地方支部ごとに、Teaching Reading・Teaching English through Movieなど、テーマを決めて取り組み、学習会を開いたり、サブテキストをつくったりしていることです。例えば、ソウルは支部自体が大きいので、その中 で また地域にわかれ「リーディング・リスニング・グラマー・テストと評価」などに取り組み、釜山は「ライティングと地域に根ざしたリーディング教材の開 発」、尉山(ウルサン)は「協同学習」、テグは「映画・ドラマを使って・効果的な課外学習」という具合です。
 この他に「ともにおこなう英語教育」という雑誌を編集・発行し(今年から月刊化)、KETG主催の教員研修(In-service Development)を春秋2回行い、年一度の大会も、新英研のように毎年場所を変えて行っています。政府の言語政策について、良くない点は進んで批 判 し提言している姿勢もよく似ています。 

日本の英語教育状況との類似性 
 次に、新英研の研究部長である池田真澄さんから日本の状況が話されました。総合的な学習の時間の名の下での小学校への英語教育の導入、授業時間数やクラ ス サイズの問題点、教育現場の多忙化、自宅研修への締め付けなどですが、そのほとんどの状況が韓国と大変似かよっています。(詳しくは『新英語教育』誌 2001年12月 号~2002年2月号連載の「韓国小学校の英語教育の昨日と今日」を参照)韓国では、過熱する一方の英語教育熱やTOEFL信奉のなか、英語 の授業はハウツーばかりが強調され、味気ないものだったと李さんは言います。今も欧米のテキストをそのまま写したような教材が多いのです。KETGのソウ ル事務所で新英研の (内容重視の)教材を見たとき、とても新鮮だったそうです。それに刺激されて釜山PETGの作るライティング・テキストに地元釜山の名所や仮面劇の話題を 入れたり、東京の駅で日本人を助けようとして亡くなった青年イ・スヒョンさん(実は釜山育ち)の話を、自己表現課題とともに載せたりしたそうです。

アクティビティ豊富なKETGのテキスト
 2001年度から実施の第7次教育課程用にKETGが作った教科書は、平和・環境・人権などの題材がバランスよく配されています。特に高校用は、ピアス をしたい男子学生と父親との会話、熱帯雨林に住む猿のアレックスの話、ジェンダーを考えさせる「紙袋のプリンセス」という物語、南北に引き裂かれた夫婦の 50年ぶりの出会い、等と興味深い内容で、採用の希望がとても多かったそうです。また、中高とも各課に、リスニング・スピーキング・リーディング・ライ ティングの練習がたくさん盛り込まれ、教科書だけでしっかり教えられるようになっています。若い教師の多い韓国では、テキストに添ってやっていくだけで良 いこうした教材形式が人気のようです。ただ、どれも300ページ近くの分量があり、1年ですべてカバーすることは無理そうです。 

アンニョン!コリア
 今年、三友社から発行され大人気の副読本「アンニョン!コリア」の著者室井美稚子さんからは、この本にかけた熱い想いが語られました。勤務校で韓国語の 授業もできるよう働きかけ実現させたこと、協力してくれた社会科の教員と一緒にこの教材を作り上げたこと、など。また、英語教科書に取りあげられる話題を 分析した自分の研究から、環境の題材はかなり入るようになったが、平和や人権の視点の教材がまだ少ないことも指摘されました。このテキストについて、韓国 の徐(ソ・ジョンホ)さんは「内容は良いが、本文前後のタスクやアクティビティが少なすぎて、どう教えてよいのか迷うだろう」との感想を述べました。彼ら か ら見れば、日本の多くの教科書にこの指摘はあてはまるでしょう。

盛り上がった交流
 なお途中、グループに分かれての交流も行いました。物静かな紅一点の金さん(キム・パニョン)は、実は大学院を出ている実力派。新英研の自己表現に惹か れ てぜひやってみたいけれど、韓国の親や生徒は、そういうことは進学の邪魔になるだけと受けつけてくれない、と残念そうに語っていました。がっしりした体格 のもう一人の金さん(キム・ジンヒュン)は、インド哲学の瞑想にひかれると言い現在の物質主義をなげくクリスチャン。大会での熱心な討論に大いに刺激され た とのこと。「韓国語と文化のワークショップ」でアリランを歌いながら踊りだした陽気な朴氏(パク・バルジン)は、実は高校時代、光州事件の当事者。家にも 官憲が来たが、屋根の上に隠れていた、と。どう見ても30代にしか見えない若々しさは、キムチと野菜が豊富な韓国料理のせいでしょうか。楽しく刺激的な交 流は、夜の会まで続いて盛り上がったのでした。

まとめ
 戦時中、韓国から無人の石炭船を流す実験をしたところ、着いたのは仙崎の港だったとか(それほど近い!)。萩焼も朝鮮の焼き物の優雅さをしっか り受け継いでいます。その山口での交流はとても温かいものとなりました。最後に、韓国からの5人の招聘を可能にした国際交流基金の助成が得られたことと、 大会でカンパを寄せて下さったみなさまに、心から感謝いたします(その中に、旅費が出たからと1万円の寄付をくださった方もいたそうです。言うはやす し、で本当に有り難いです。今後こうした交流の経費をどうするかはまた、これからの課題に)。 
(菊地 恵子・大東文化大学兼任講師)