ダイオキシン訴訟情報(翻訳編集責任、和田正名 2005年1月1日)
オレンジ剤/ダイオキシン化学毒薬[枯葉剤]被災者の会と被災者がアメリカのニューヨーク市ブルックリン連邦裁判所に起こしている、化学毒薬を製造して米軍に販売した会社を相手に賠償を請求する裁判は、今年2月28日から、法廷での論争が始まることが決まりました。ここまでの経過は、のちに紹介するハノイモイの記事を参照してください。
この「ダイオキシン訴訟情報」は、この訴訟を支援する運動を準備する過程で、和田正名が、必要と思われる情報を、準備に参加する中心的な方で、eメール受信可能な方に、自発的に提供するものです。
主な情報源は、ニャンザン、ハノイモイなどベトナムの新聞の電子版、および、事実上、オレンジ剤/ダイオキシン化学毒薬被災者の会のホームページとなっている「dioxin/vietnam」です。
ウェブサイト「dioxin/vietnam」について。
www.chatdocdacam.info 。ベトナム語版だけです。内容は毎日更新ではありません。また、最新、重要情報が必ずしもトップではないので、注意が必要です。各記事の冒頭の日付に注意していれば、最新情報が得られます。過去の情報も見ることができます。
昨年12月22日の同サイトによると、このサイトの管理委員会は、1月1日から2月8日までの予定で、特別プログラム「人間愛の暖かい春」[Xuan am tinh
nguoi]を計画しています。関係各組織が参加し、北部5か所が発信地となります。それぞれ地方でプログラムを組みますが、共通の内容は、ベトナム赤十字会や被災者の会が中心となった特別プログラム「人間愛の暖かい春」です。
約10分の映画も流されます。
ウェブサイト「ダナン・クアンナム・ファンド」について
http://www.danangquangnamfund.org これは英語版で、写真を豊富に使った、オレンジ剤/ダイオキシン化学毒薬被災問題の広報的サイトです。更新はないようです。
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お願い
この情報は、協会の各地方連合会や支部の宣伝物やホームページで自由に活用してください。ただし、翻訳上の責任を明確にするため、とくに翻訳文を引用するときは、掲載側がベトナム語の原文を照会、チェックしてください。できない場合は、情報源が和田正名仮訳であることを記載してください。その場合、もし誤訳があったときの責任を和田が負えます。
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(ハノイモイ電子版2004年12月28日)
ダイオキシン訴訟はもう延ばせない。
けさ、ハノイでの記者取材で、オレンジ剤/ダイオキシン化学毒薬被害者の会委員、レ・ドゥック・ティエット弁護士は、これは世界での法的闘争のなかでの、もっとも大きな民事訴訟であると述べた。法的な手続きや制度がどのように訴訟進行の基礎となるのか、まだ明らかではないものもある。
訴訟はアメリカで進んでいるので、アメリカの法的な判例や法律手順の手続きに基づく。アメリカの法廷でベトナムの原告の代理人となるアメリカ弁護士は、ベトナムの勝訴を保障するために、適切な法的基礎を開陳する責任を負っている。
アメリカの法律によると、訴訟は二つの段階を経なければならない。アメリカの裁判所は検討して告訴を審判するかしないかを判断し、そのあと、告訴が認められたら裁判所は初めて書類を受理して審理をすすめることになる。オレンジ剤毒薬被災者の代理人は[2004年]1月31日に告訴状を提出し、3月8日までに、ウェインスタイン裁判長は双方の弁護士を呼んで、準備すべきことと、双方が裁判所にだす提起を準備し、原告弁護士が告訴を改善するため6カ月の猶予をあたえることを通告した。
この過程で、アメリカの科学物質製造会社の弁護士はベトナム側の告訴に反論する提案を2回だした。彼らがあげた理由は、告訴を起こす時効が過ぎている、さらに彼らが米軍に売った製品は、農業で広く撒かれて使用されている、樹木を無くして見通しよく[開光]し、害虫を駆除する物質で、国際法は禁止していないというものだった。アメリカ各社はまた、アメリカが戦争で使用した、樹木を無くして見通しよく[開光]する物質と、疾病との間の因果関係を証明できる、いかなる科学的証明は無いとも述べた。
しかしながら、オレンジ剤/ダイオキシン化学毒薬被害者の会副会長のチャン・スァン・トゥ助教授・博士によれば、米軍は11万トン以上の化学物質と、30万トン以上の燃焼物質(ダイオキシンに続いて)を使用した[*訳注 ナパーム弾などをさすと見られる]。もしこの物質が定量で使用されていたら無害であったが、実際に戦争で撒布された濃度は農業での使用濃度の20〜40倍高く、しかもそのなかには他の造形物を加えていたから、いっそう毒の強度を起こした。トゥ氏は比較する。「第1次世界戦争では130万人が毒に冒されて9万1千人が死んだが、これは軍人だった。ベトナムでは戦闘武装勢力が冒されたほかいに、さらに200万人以上の住民が毒に直接汚染され、さらに危険なことに影響は第3世代にも及んだ。」 ベトナム生態学会会長のボー・クイ教授は語っている。高い濃度で長期間にわたって何回もかさねて撒布された大量の毒薬は、動植物を殺すだけではなく、長期にわたる環境汚染を引き起し、自然の生態系にも崩壊をもたらす。バートランド・ラッセル法廷も1970年のパリ会議も、ベトナムでのアメリカの残虐な化学戦争は、ベトナムの環境、生態系、人間を絶滅する戦争であると世界世論のまえに提起した。実際が示しているように、毒薬が撒かれたときから今日までの30年以上後、ここでの多くの森林と天然資源は依然としてまだ回復できていない。毒薬を撒かれた森林は、ふたたび芽を出すまでに80年から100年はかかるに違いないだろうと予測される。
レ・ドゥック・ティエット弁護士によると、こうした資料や証拠によって、被告側弁護士の立論への反論はさほど困難なことではない。ベトナム側は被告側の論点に反論するため、弁護士と積極的に研究しているところである。アメリカの裁判所は2005年1月18日に原告弁護士が被告の提起に回答することを決めた。訴訟争いは2005年2月28日午後から始まるとになっている。ティエット弁護士によると、訴訟の争いは2カ月から6カ月は長引くかもしれない。
VNE
(12月31日 和田正名仮訳)